「これなんですけれど・・・」
お客様が両手で包み込むようにしてさしだしたのは、私わたしが2008年に制作したユリのロウソクでした。
なんて懐かしい、確かに以前わたしが作ったものだ。
この方が買ってくださったのか・・・
見ると、たくさん火を灯してくださったのでしょう。ロウが溶けて一部が欠けたり、熱で大きくゆがんでしまっています。
キャンドルを連続して使用する時間や、風向きなどによって溶け方に差が出てくるので、こういうことはよくあることです。
しかし、そのロウソクには火を灯すべき「芯」も見あたりませんでした。
どうやら火を消したときに、溶けたロウだまりに芯が倒れて、ロウに沈んだまま固まってしまったようでした。
それでもお客様は、なんとかそのロウソクを使おうと中に小さなキャンドルを入れて火を灯していたのだそうです。
なるほど、上からロウソクをのぞくとその苦労のあとがうかがえます。
「これを直してもらうことは出来ないでしょうか」
「え?」と思いました。
実はわたしは、今までお買い上げいただいた作品を修復したことがありません。
それを考えたこともありませんでした。
なにしろキャンドルは使ってなんぼだと思っていたからです。
ロウだから使っていれば当然溶けてなくなっていくわけで、有限のものとして、例えれば花や料理のような感覚で楽しんでいただけたらと思っていました。
悩ましくも、そこのところがまたいいのだと思っていました。
けれども、直すことできますか?という愛情のこもった言葉に応えないことなど絶対にできませんでした。
こんなに可愛がられて、なんて幸せなロウソクなのだろう。
ほかでもない、「このロウソク」を気に入ってくださったんですね。
これからもずっと楽しみたいと思ってくださったんですね。
大切にしてくださってありがとうございます。
さあ、これは大手術です。
欠けたところを色を合わせて継ぎ足し、ゆがんだ壁面を平らにする。
新しい芯を入れてロウを満たす。
そして、細部を整えて磨きをかけて・・・
できた。
完璧に元通りとはいかないまでも、芯の白い初々しい姿になりました。
修復の痕は、これは貫録かもしれません。
生まれかわったユリのロウソクと対面するお客様を、つい想像してしまいます。
こういうご要望に応えられるのは本当に幸せです。